①11話 最終話


「遼ちゃん」
「……」
 帰りのバスは、いつもよりも少し人が多かった。日曜夕方。平日の学校帰りとは客層も違う。吊革につかまりガタンという揺れに体を任せながら、瀬那は隣に立った遼に声をかけた。
「ね、遼ちゃんてば」
「うっせえ話しかけんな」
 ツンとそっぽを向き、ジャージのポケットからスマホを取り出していじり始める。
「ごめんってば」
「もうすんなよ」
「するけど」
「シメる」
 瀬那は唇を尖らせて「ちぇー」とふてくされた。
 じき、大きなマンションの前にある停留所に停まった。そこの住人が多かったのか、次々と人が降りていく。座席にぽつぽつと人が座っている程度にまで空いた車内を見回し、瀬那が口を開いた。
「座る?」
「おう」
 いつも座る、二人掛けの席が二つ空いている。遼はそこに腰かけると隣にエナメルバッグを置き、窓にこてんと頭を預けた。全力の試合、その後の行為。正直体力がゼロに近い。すぐにでも眠ってしまいそうだ。すると、もうひとつの空席に座ったと思った瀬那が遼の荷物をひょいと持ち上げた。
「遼ちゃん、ちょっと詰めて」
「あ?」
 そして、ぐいぐいと押すようにして無理やり遼の隣に腰かけた。遼のバッグと自分のバッグを膝に乗せて、にっこりと笑う。
「何だてめえ、狭いだろ」
「昔はこんな二人掛けでも余裕だったのにね」
 へへ、と笑うと瀬那は遼に寄りかかるようにして体を預けた。
「瀬那重い」
「だって遼ちゃんとくっついてたいんだもん」
 席空いてんだろ、と言いかけて遼は口を閉じた。正直重いしぎゅうぎゅうにキツいしいいことはない。けれども、制服のブレザーから伝わってくる瀬那の体温が心地いい。疲れた体に、じわじわと瀬那の温度が染み込んでくるような気がする。
 小さい頃、泣いていた瀬那を「泣くな」とぎゅっと抱きしめた。手を繋いで引っ張り、家に帰った。風呂に入って髪を洗ってやった。一緒のベッドで互いの体温を感じながら眠った。
 あの頃と変わらないこと、変わったこと、たくさんあるが、瀬那は瀬那だ。
「……ったく、しゃあねーな」
「ありがと遼ちゃん」
 だいぶ狭いが、あと一〇分やそこらだ、我慢してやる。遼は瀬那の頭をぽんと叩くと、傾けた瀬那の頭を自分の肩に引き寄せた。
「遼ちゃん」
「お前も疲れただろ、ちょっと寝ろ」
「うん」
 瀬那はそっと目を閉じると、遼に頭を預けたまま息だけの声で囁くように言った。
「遼ちゃん、大好き。ほんとだよ」
「……おう」
 遼は、肩に乗った瀬那の頭をそっと撫でると目を閉じた。

 バスが心地良く揺れる。もうすぐ最寄りのバス停だ。
「ね、遼ちゃん、夜ご飯うちに来てよ」
「は? 何でだよ」
「何でって、俺一人で寂しいもん。せっかく試合に勝ったのにさ」
 そして、上目づかいで遼を見つめる。
 ―――くそっ、何だかんだ、この目に弱いんだっつーの。
 遼は「ちっ」と口の中で呟くと目を逸らした。
「嫌だ、お前絶対エロいことするから」
「しないよぉ」
「そんなチワワみてーな顔してもダメだ。知ってんだからな、この大型肉食獣」
「なにそれ」
「何でもねえ」
 遼は腹いせのように瀬那の頭を軽く叩くと、バスの降車ブザーを押した。たんたん、と軽く音を立てて降りながら独り言のように口を開く。
「てめーの家には行かねーけど、うちに来てメシ食えばいいんじゃね?」
「え、いいの?」
「ただし、風呂入ってメシ食ったら帰れよ。ぜってー泊めねえから」
「お風呂一緒だよね」
「いやだ」
「え―――! 一緒に入ろうよぉ!」
「やだっつってんだろ!」
 瀬那は「ひどい!」と泣き声を上げた。

 ――惚れさせてみろ、とは言ったが。
 遼はしょんぼりと肩を落とす瀬那を見上げて息をついた。

 ひょっとしたら、ずっと前から手遅れかもしんねーな。

「……ま、ぜってー言ってやんねえけど」
「え、何?」
「何でもねえよ」
 遼はバッグを肩にかけ直し、ツンとそっぽを向いた。

『エスケイプ・ビート①』ここで終わりです。②は8月~9月くらいに書き始める予定です。
ご感想ぜひお聞かせください!
マシュマロ 拍手 メルフォ

Page Top