①10話※R18


 「今日はありがとう。大会で会おう」
 次は勝つ、と鷹乃森のキャプテンが全開の握力で遼の手を握った。相当悔しかったのだろう、口調はソフトだが顔に悔しさが滲み出ている。
「ああ、またやろーぜ」
 またうちが勝つけどな。負けじと遼も手を握り返した。
 こうなれば、どちらが先に手を離すかの子供の喧嘩だ。途中、呆れた両校の副キャプテンが間に入り事なきを得たものの、遼は「俺が勝ってた」としばらく膨れたままだった。
 相手校が帰り、観覧者や父兄からの差し入れを受け取った後、部員は体育館に集められた。
「課題だらけだが、よく頑張った。いい試合だった」
 厳しい監督から、まずはお褒めの言葉。しかしここからが長い。ひとりひとりへの課題・問題点を挙げ、コーチとマネージャーがメモを取っていく。コーチはしれっとした顔をしているが、来週からが地獄だぞ、と遼は背中を冷たい汗が伝うのを感じた。

「やー終わった終わった!」
 部室に戻るとレギュラーたちは着替えを始めた。さすがに今日は、帰りに3on3をやっていこうと言い出す者はいない。代わりに、何か食べて帰ろうとファミレスやラーメン屋の話をしている。
「橘は?」
「今日はいーわ、際限なく食いそう」
「おう、んじゃまたな」
 久しぶりに充実した試合だった。一月の負け以来、どの練習試合でも、心と体がくすぶったままだった。もう試合終了から一時間は経っているのに、まだ身体のそこかしこが熱い。指先、つま先にまで興奮が残っている。
 遼はロッカーから、着てきたTシャツとハーフパンツを取り出した。下着まで着替えるのは面倒だ。適当に着替えて帰って洗濯をすればいいだろう、と汗に濡れたユニフォームをバッグに突っ込む。
 バッシュと靴下を脱ぐと、ぎゅっと足を包み支えていた圧迫感から解放される。裸足の足の裏に、冷たい部室の床が気持ちいい。
「じゃあな」
「おう、また明日」
 ジャージを羽織った冬伍が帰り、部室には遼と瀬那の二人だけになった。瀬那は制服に着替えるために、どうしても他の部員よりも遅くなる。
「ごめん」
「いーよ、ゆっくり着替えろ」
 11のユニフォームを脱ぎ、下着姿になる。ぴったりとしたアンダーのタンクトップに、黒のスパッツ。きつめで着圧の高い下着は、筋肉のパフォーマンスを上げてくれる。汗で濡れたインナーに制服は少し気持ちが悪いのだろう、瀬那はタンクトップを脱ぐと家から着てきたTシャツを手に取った。
 午後五時。部室の窓からオレンジがかった光がほんのりと差し込んでいる。今日は一日はっきりしない天気だった。雨は降らないだろうが、と何となく瀬那に目をやった遼は思わず目を丸くした。
 まだTシャツを着ていない、上半身裸の瀬那の筋肉が試合で酷使した疲労で膨らみ張っている。薄いと思っていた胸、しなやかに見えた上腕、肩。汗を吸い込んだ下着を脱いだばかりの肌はしっとりとして、夕日の赤を吸い込んでいた。
 触りたい。遼は手を伸ばしかけてはっと気づき「いやいや」と頭を振った。
 酷使した筋肉が乳酸とリンパで張るのは当たり前だ。だけど。
「……遼ちゃん」
「わ!」
 静かに名前を呼ばれ、遼は思わずびくりとなった。Tシャツを着ながら瀬那が、するりと一歩、近づく。
「あんま見ないでって言ったじゃん」
「あ……おう、悪ぃ」
 うつむき加減に目を逸らす。近づいた瀬那の、スパッツタイプの下着の太ももが目に入る。
 瀬那が一歩。遼が一歩下がる。瀬那がまた一歩。遼が壁に追い詰められる。
「な、んだよ瀬那」
「勘違いさせてよ」
 色素の薄い瞳が、夕日の色を映している。体温の低そうな頬がほんのりと赤い。
 瀬那が遼の頬に手をあてた。
「好きだよ、遼ちゃん」
「俺は好きじゃねえ」
 顔が近い。瀬那の瞳に、戸惑っている自分が映っている。
「キスしていい?」
「ダメだ」
 下を見れば下半身、正面を向けばまともに瀬那の顔を見ることになる。この、ねだるような瀬那の顔には昔から弱い。何でも言うことを聞いてやりたくなってしまう。
「ほんとにダメ……?」
 目線は13センチも上のくせに、上目づかいのような目をする。遼は斜め下を見ると、ぼそりと低く言った。
「……口じゃなきゃ、いい」
「分かった」
 頬に、瀬那の頬が触れた。すり、と滑らかな頬の感触の後、頬骨の下に口づけられる。
 体温、匂い、圧迫感。抱きしめられてもいなければ、唇を重ねられてもいない。けれども妙に息苦しい。
 遼の匂いを吸い込むように、瀬那が唇をぴったりと頬に付けたまま、大きく息を吸い込んだ。
 ――うわ、あ……!
 恥ずかしさに遼は思わずぎゅっと目を閉じた。
 瀬那が、頬にあてた手をゆっくりと後ろに滑らせていく。形を確かめるように、耳、首筋、後頭部。短い黒髪に指を差し入れ、頬に口づけたまま何度も撫でる。
 瀬那はそのまま遼の背中に手を回し、ぎゅ、と遼を両手で抱きしめた。
「瀬那、いー加減」
「遼ちゃん」
 ほんの少し唇を離して瀬那が囁くように名前を呼んだ。音がそのまま肌に伝わり、思わず心臓がどくりと跳ねる。
「もうちょっと」
「も、いいだろ」
 恥ずかしい。こんなことなら有無を言わさずとっとと口にでも何でも、一瞬だけ一回させてやればよかった。
 顔を赤くした遼が、瀬那の腕から逃れようと身体をよじった瞬間、瀬那が一度ぎゅっと強く遼を抱きしめ、それから引きはがすようにして体を離した。
 急に息苦しさから解放され、逆に衝撃で体がふわりとなる。
「ごめん、遼ちゃん」
 顔を片手で覆うと瀬那はうつむいた。
「ごめんね、止まんなくなっちゃう、ごめん」
 泣き出しそうな声だ。
 瀬那が想ってくれているように、自分は瀬那のことを恋愛対象として見ることはできない。そう思った。
 でも、それはなぜだ? 本当に瀬那は対象外か? 
 男だ、女だ、そういうことは関係ない。瀬那はありったけの「好き」をぶつけて必死になっている。あの、自分の気持ちを前に出すことなく、引っ込み思案で大人しくて、親の言うことを素直に聞いていた瀬那が。
 だったら自分も、その気持ちに本気で応えるべきじゃないのか。

 このままでは瀬那はまた、気持ちを押し殺したままになる。我慢して、好きになったのが悪かったのだと自分を責めるかもしれない。
 受け止める。拒否はしない。けれども気持ちには応えない。それは卑怯じゃないのか?

 ――俺も、瀬那の気持ちに本気で向き合うべきだ。

 夕日が一秒ごとに赤くなる。一秒ごとに、気持ちが高まっていく。
「瀬那」
 遼が、顔を覆っている瀬那の手を取った。たれ目に涙を浮かべて、大きな口をぎゅっと引き結んでいる。
「俺のことがそんなに好きか」
「大好き」
「じゃあ」
 遼は、瀬那のTシャツの襟首をつかむとぐっと顔を引き寄せ、瀬那の目を強く見つめて言った。
「惚れさせてみろ」
「遼ちゃん」
「今はまだ、お前のことをどうこうは思えねえ。ただの幼なじみだ」
 瀬那の涙に濡れた瞳に、自分の姿が映っている。
「だけど、ちゃんと考える。お前の気持ちから逃げねえ」
 遼は瀬那の目元をぬぐい、続けた。
「お前の全部、俺によこせ。全部ぶつけて、全部で惚れさせてみろ」
 チャンスをやる。猶予もやる。俺を惚れさせるくらいいい男になってみやがれ、瀬那。
 遼はにっと笑うと目を閉じ、瀬那の唇を下から塞ぐようにキスをした。
 重ねて、塞ぐだけのキスだ。キスなんか慣れていない。それ以外何もできない。じっと三秒。唇をそっと離すと遼は、瀬那の胸をトンと叩いた。
 瀬那は目を見開いたまま、信じられないという顔をしている。
「分かったな」
「遼ちゃん、いいの?」
「ああ」
「いいんだね? 好きでいていいの?」
「ああ、好きでいろ」
 遼が瀬那の頭をぐしゃぐしゃと撫でると、瀬那は無言で遼を強く抱きしめた。
 またかよ、ばぁか。遼がぽんぽんと背中を叩くと、瀬那は遼を抱きしめたままつぶやくように言った。
「……じゃ、前借りさせて」
「あ?」
「好きになるの、我慢しなくていいんでしょ? 俺頑張るから、だから、ちょっとだけ前借りさせて」
「前借りって小遣いじゃねえんだぞお前、……んぅ!」
 瀬那は両手で遼の頬を包むように掴むと、大きく首を傾けて唇を塞いだ。
「……っ、!」
「ん、りょ、ちゃ……」
 頬にあてた手でぐいと遼の顔を上に向け、唇を押し当て、塞ぎ、貪る。顔の角度を変えて、上から、下から。唇を開けて食み、吸い、軽く噛む。息が荒い、我を忘れているようだ。
「せな、ま……!」
 待て、落ち着け、と言って突き飛ばしたいのに身体の力が抜けていく。
 ちゅ、ちゅと音がする。下唇を甘く噛まれるたびに、身体の中心に痺れが走る。
 瀬那てめえ、いつのまに、どこで、こんなキス覚えやがった。焦りといら立ちと悔しさが混じり、遼はぎゅっと眉を寄せた。
「や……!」
「すき、遼ちゃん」
 薄く目を開けると、苦しそうに眉を寄せ、閉じた目元を赤くしている瀬那がいる。まつ毛が触れそうな距離だ。
「ふぅ……ぅっ」
「っ……ん、んっ」
 腹を空かせた犬が「待て」から好物に食らいついたようだ。
 瀬那が、頬から耳に、首筋に、指を滑らせていく。黒髪に指を差し入れ、ぐいと顔を引き寄せる。上を向かされっぱなしで苦しい。でも、そんなことにまで気を回せていない様子だ。
 ふうん。慣れてるってんじゃなくて必死って感じだな。
 ――夢中じゃねえか。可愛いな。とろりとした頭でそんなことを考える。
 押し付け、離して角度を変えてまた重ねる。身体の力は抜けていくのに、下半身にずきずきと血が流れ込んでいくのが分かる。
 頭とは別に、身体が興奮している。驚きしかなかった初めてのキスの時には何も感じなかったのに、瀬那が可愛い、そう思うと体温が上がってくるのを感じる。
 ぐい、と瀬那が脚の間に片脚を差し入れてきた。そのまま太ももで、押し上げるようにしてそこを刺激される。
「んぅ! ……んっ!」
 思わず遼はぎゅっと目を閉じた。足でぐっと下から刺激されただけなのに。見なくても分かる、ハーフパンツと下着の下にあるそこが、形を変えてきてしまっている。
 瀬那の熱くて荒い息、唇が離れるたびにする水音、軽く噛まれる刺激、全てが脳を熱くする。理性を失くしていく。
 違う、これは試合の興奮がまだ体に残ってるから。そう言い訳をしても、そこがどくりと脈打ち急激に膨らんでいく。
 息が苦しい。酸素、と軽く唇を開いた遼の口の中に、ぬるりと何かが入り込んできた。
「っ、ん!」
 温かいものが舌に重なり、遼は思わずびくりと大きく体を震わせた。中の形を確かめるように、歯の裏をなぞり、くすぐり、そして舌を絡めるようにして動く。
「ふぁ、……んぅ」
 口が閉じられない、声と息が漏れる。ぴちゃりと水音が大きくなる。体温、舌の温度、着替える前に飲んだスポーツドリンクの味がする。
「遼ちゃん」
 上唇をつけたまま、瀬那が囁いた。うっすらと目を開けると、瀬那がじっと自分の目を覗き込んでいた。
「勃ってるよ」
 かっと顔が熱くなった。
「俺もさっきから勃ちっぱなし」
 ふっと落とした瀬那の視線の先には、着圧の高い下着を着ていても分かるほどに形を変えた瀬那の性器があった。
「ね、分かる?」
 分かるも何も。目を逸らしたいのに逸らせない。瀬那が自分でこんなに興奮している。あの瀬那が。引っ越した時にはまだ、精通はおろか声変わりさえもしていなかった瀬那が。
「触っていい?」
 ダメに決まってんだろ、そう言って突き飛ばすよりも先に、瀬那の手がそっと包む込むようにそこに触れた。ずきりと、痛いほどの快感が走った。
「―――っんぅ!」
「遼ちゃん、すごい熱い」
 厚めのサポート生地の下着の上から、ゆるゆるとそこを上下にさすられる。緩い刺激が逆に辛い。指先、手のひら、下から持ち上げるようにするりと撫で、そして押し付けるようにぐにぐにと刺激する。
「せ、なぁ……」
「ん?」
 興奮で涙目になっている瀬那を、下からぎろりと睨み上げる。
「その顔、すごい興奮するよ遼ちゃん」
「くそ……っ」
 口角を上げた瀬那の目が、細めているのに瞳孔が開いているのが分かる。色素の薄い瞳に、わずかに赤が混じっている。かかる息が熱い。獲物を目の前にした獣のようだ。今にも食われそうなのにぞくぞくする。どんどんそこに血が流れ込んでいく。
「きつ……」
 体を締め付けて筋肉のパフォーマンスを上げるための下着が、こんなにももどかしい。身体が切ない。どうにかしてこの熱といら立ちを解放させたい。そこを緩くさすりながら、瀬那の唇は頬、耳、それから顎の下をつっと舌先でなぞりながら首筋に移動していく。試合が終わってシャワーも浴びていないのに。恥ずかしさが余計に体の感覚を上げていく。
「瀬那、トイレ、行かせろ……!」
 抜けばおさまる。遼は瀬那を睨み上げながら言った。
「だめだよ」
「……は?」
 瀬那は遼の懇願を受け流すと、またぴたりと首筋に唇をつけ、痕がつかないように軽く吸った。
「……ん、ぅ!」
 瀬那が舌でなぞった所、軽く吸った所、噛んだ所、すべてがじわじわと火照ってくる。汗を吸ったきつい下着の中で、押さえつけられて行き場を失った性器が震えている。
「はぁ……っ、」
 出したい、早く出したい。
 少しだけ、あと少しだけ触れば。
 でも、自分でするのが許されないのならば、もう選択肢は一つしかない。
 鎖骨にかり、と軽く歯を立てられ、遼は思わず息を止めた。もうこれ以上我慢できない。
「……おい、瀬那……」
「ん?」
 ちゅっと音を立てて喉仏を吸うと瀬那は、遼を見上げた。
 こんなこと。こんなこと言いたくない。だけど、もう限界だ。遼はぐっと歯を噛みしめると、低くかすれた声で言った。
「辛ぇ。……何とかしろ」
 瀬那は満足そうに微笑むと、遼の下着に指をひっかけた。そのまま少しずつ下ろしていく。生地が汗を吸ってなかなかするりと脱げない。
「……はやく」
 悔しい。遼が息だけの声で急かすと、瀬那はぐっと指先に力を入れて下着を勢いよく下げた。押さえつけられていた性器が、弾かれるように上を向いて飛び出る。
「わ……!」
「くっそ、てめぇ……!」
 屈辱以外の何物でもない。遼はぎゅっと目を閉じると瀬那から顔を背けた。幼なじみといえど、そんな状態のそこを見られたことはない。
「気持ちイイとこ、教えてね」
「く……」
 瀬那は左手を遼の腰に回し、右手でそっとそこを握った。大きな手だ。温度が低いのに、熱い。少し硬い手のひら、長い指。遠慮がちにやわらかく握り、そしてきゅっと優しく締める。
「んぅっ、……く!」
 ただ握られているだけなのに、動かされてもいないのに。腰の奥に甘い痺れが鈍く響く。壁に背中を預けてようやく立ってはいるものの、瀬那に腰を支えられていなければずるずるとへたり込んでしまいそうだ。
「動かすよ」
 瀬那がゆっくりと手を上下に動かし始めた。すでに先から精液が漏れているのか、すぐにくちゅりと音がし始めた。
「んっ、…ん……ぅ」
 自分でするのとは全く違う手、指、体温。気持ちよさを追求するのではなく、ただ身体の欲求に従って「出す」だけの作業とは違う。じわじわと快感を与えようとしている手の動きだ。
「ね、どこが気持ちイイの遼ちゃん」
 すっかり硬くなった性器を握り、上下させながら親指の腹で先をぬるりと撫でる。
「……んっ、!」
「俺もここ好き」
 遼がびくりと大きく反応したのを見、瀬那は満足げに続けた。
「遼ちゃんが気持ちいいトコ、全部覚えるね」
 そんなもん覚えなくていい、そう言いたいのに、口を開ければ大きな声が出てしまいそうで言えない。
 自分が知っている気持ちがいいところではない部分をこすられているのに、自分がしている握り方ではないのに、自分にとって都合のいい強さでもないのに。「そこ」と思った所をかすめて違う部分を違うように刺激されても、後から大きな波のように快感が襲ってくる。
「はぁ……っ」
 大きく息をつく。どんなに熱い息を吐いても、体の中の熱は高まるばかりだ。
 手が上下するたびにくちくちと音が鳴る。流れ込む血で性器が膨らみ、先がピンと張る。すぐにイきそうだ。腰の奥がふわりとさらわれる。膝が震えて立っていられない。
「……は、ぁ、っ、瀬那ぁ、」
「イきそ?」
 上ずった声で瀬那がきく。
「も、出る、から」
「うん」
 瀬那の手の動きが速くなった。ぐちゅりと粘液をまとった音が大きく聞こえる。でも、このままじゃ。
「俺の手に出していいよ」
 瀬那が囁いた。腰の奥がふわりと軽くなり、すべての意識がそこに集まっていく。
 あ、もう、出る。
「遼ちゃん、イって」
「―――いっ、く…!」
 びくりと体を二度、三度大きく震わせると遼は、瀬那の手に精を吐き出した。


「はっ……はぁ…ん、はっ……」
 まだ、びくびくと震える性器の先から精液が出ている。膝が震えて力が抜けていく。
「遼ちゃん」
 瀬那は腰を支えたまま遼の体を少し持ち上げるようにして、ベンチに腰掛けさせた。精液が出きったのを確認すると、自分のタオルでそれを拭き取る。遼はどっと背中を壁に預け、体中の力を抜いた。
「……瀬那」
「気持ちよかった?」
 まさか、幼なじみにあんなことをさせてしまうなんて。後悔と恥ずかしさと情けなさがいっきに襲ってくる。
「……お前それ、タオル、ばか」
「だいじょぶ、自分で洗うよ」
 あは、と笑うと瀬那は、力を抜いてベンチに腰かけた遼の前に膝立ちになった。緊張から解放され、果てた遼の性器はだらりとして、軽く開いた足の間で揺れている。遼は瀬那から顔を背けるとTシャツの裾を引っ張り、そこを隠した。
「ね、どうだった?」
「どうって、別に」
「気持ち良さそうだったよ?」
 指摘され、顔にいっきに熱い血が集まる。
「良くねえよ、別にいつもとおんなじ。ただ抜いただけだろ」
 遼はそっぽを向き、低い声で答えた。
 自分でする時と全然違うなどとはとても言えない。まだ腰の奥がじんじんと痺れている。体中の力が抜けて、まだしばらく立てそうにない。指先、つま先にまでとくとくと熱い血が流れているのを感じる。
「ふうん」
 瀬那はつまらなそうにそう言うと、遼のTシャツに手をかけた。
「えっ、お前なに」
「俺とするこーいうことが気持ちいいんだって、分かってもらわなきゃ」
 瀬那は少しむっとしながら、やわらかくなった遼の性器をきゅっと握った。
「わ! 何すんだてめえ!」
 勃起した状態で握られるよりも数倍恥ずかしい。芯も硬さも無いそこが、瀬那に握られ悲鳴を上げる。
「くすぐってーだろやめろ!」
「手でしたからいつもとおんなじなんでしょ?」
「え、」
 瀬那は膝立ちのまま、前かがみになると遼の性器を握ったまま、先を舌先でちろりと舐めた。
「うわ! ざっけんな瀬那! やめろそんなトコ!」
「遼ちゃんのだもん、全然へーき」
 引き離そうと瀬那の髪を掴んだ遼に構わず瀬那は、口を大きく開けると先をぱくりと咥えた。
「わ、っ……!」
 手のひらでもなく、指でもない、温かくてやわらかいものでまだ硬さの無い性器が包まれる。
 瀬那、まじかよ。
 あまりにも躊躇が無い。そもそも、他人のそんな所を握って果てさせるなど、しようと思ったことさえない。
「瀬那、てめぇこーいうの、シたこと、あんのかよ……」
「あるわけないじゃん」
 瀬那はいったん口を離すとむっとした口調で答えた。そしてまた、今度は強めに咥え、舌先でまだやわらかい性器の先をなぞるように舐める。
「ん、ぅっ!」
「遼ちゃんのだから、したいんだよ」
 うっすらと目を開けて下を見れば、グレーの髪が自分の足の間にある。瀬那の頭だ。片手で太ももをおさえて足を閉じられないようにしながら、片手で性器を握り、口に含んでいる。
「ちょ、……瀬那、まじ、やめ…!」
 さっきイったばかりだ。まだ体中に力が入らない。
「ふざけんな、前借りは終わりだろ! とっととやめろ!」
 まだやわらかい遼のそこを口の中で遊ぶように強く吸うと瀬那は「ぷは」と口を離して手の甲で唇をぬぐった。
「違うよ、さっきのは遼ちゃんがしてって言うからしたの」
「は?」
「言ったでしょ、何とかしろって」
 それは言った。でも、それは身体がどうしようもなかったからだ。先に仕掛けてきたのは瀬那だ。
「だから、こっからが本番」
「え、……うわ!」
 性器に手を添えると、瀬那は舌の先で根元から先までを一気に強めに舐めあげた。
「ん、っ!」
「きもちい?」
 やわらかかったそれが瀬那の手の中で、また芯を持ち始めた。もう体はくたくたなのに、そこだけが別の生き物のように意思を持っている。どくどくと熱い血がまた流れ込んでいく。感じたことの無い、温かくてやわらかい感触。広くて厚い舌で、先をなぞられ、裏をくすぐられ、大きな口がじゅっと音を立てて強く吸う。
「まじ、ふざけんな瀬那……!」
 どんどん硬さが増していく。瀬那の口の中で育って行くのが分かる。脈打つそこが、瀬那の舌の動きにどくりと反応する。
「硬くなってきたよ」
「しゃ、べんなぁ」
 瀬那の髪に指を差し入れて、引き離そうとしてもただ頭を動かすだけになってしまう。口の動きが変わり、ただ気持ちよさが増すだけだ。背中と頭を壁にもたせかけて、はぁっと大きく息をつく。たまに当たる歯の刺激に、びくりと腰が震える。
「ごめん、初めてだから」
 俺だって初めてだ、バカ。そう言ってやりたいのに、口を開けば吐息が漏れる。
 瀬那が遼の太ももの内側をするりと撫でた。
「うぁ」
 思わぬ気持ちよさに遼は声を上げそうになった。慌てて手のひらで口を押える。さっきまで、そこは何ともなかったはずなのに。
「遼ちゃん、声聞かせてよ」
「や、だ……!」
 そんな恥ずかしいことできっこない。遼は口を押えたままぎゅっと目を閉じた。
「俺の知らない遼ちゃん、もっと知りたい」
 瀬那が、口を離して握った手を上下させながら囁いた。すっかり硬さを取り戻したそこが、瀬那の手の中でどくどくと脈打ち始める。感覚が高まっているのか、腰の奥、背中、首筋にまでぞくぞくと快感が痛みのように駆け上がっていく。
 歯を食いしばっていても息が漏れる。ぐ、と腹筋に自然と力が入る。膝立ちになった瀬那が、手を上下させながら覗き込むようにして遼に顔を近づけた。
「俺にしか見せない遼ちゃん、見せてよ」
「は、あ、瀬那……っ!」
 手を口に当て、遼は大きく息をついた。どんなツラしてそんなこと言いやがる、と薄目を開けた遼は、瀬那が左手をごそごそとさせているのに気が付いた。自分の下着をずり下げようとしているが、遼と同じく汗を吸いこんで張り付いた、サポータータイプの下着だ。しかも太ももまであり、なかなか脱げない。瀬那のそこも、中で苦しそうに張っている。
「んっ……きつ」
 眉を寄せ、切なげに軽く唇を開き荒い息を吐いている。自分も同じく、すぐにでも吐き出したいのだろう。不器用な左手で、布をめくるようにして下着を下げていく。
 じき、自分のものを無理やり引っ張りだせるところまで下げられたのか、瀬那は、はぁっと大きく息をついた。赤らんだ目元で遼を見上げ、ほっと安心したように笑う。
「あ……瀬那」
「自分でするから気にしないで」
「自分でって……ん、うっ!」
 もう高校生なのだから当然と言えば当然なのだが、あの小さかった瀬那が。あの頃の姿と今目の前にいる、貪るように自分を求めてくる瀬那との差に、あらためて戸惑う。
「遼ちゃんのイく顔もっと見たいよ」
 ね、手がいい? 口でされたい?
 瀬那が、息だけの声で見上げながら囁く。
「どっちも、や、だ……!」
「意地っ張り」
 不機嫌そうに唇を尖らせると瀬那は、きゅっと強めに遼の性器を握った。
「いっ……!」
「また、いつもと一緒なんて言わせないよ」
 膝立ちの姿勢から腰を下ろしてひざまずき、見せつけるようにして根元から裏側をじわじわと舐めあげていく。
「さっき分かっちゃったもんね、遼ちゃんの気持ちイイとこ」
 舌先を硬くして、くびれた部分を強めになぞり舐める。
「ん、あ!」
 びりっと痺れるような強い刺激が走り、遼は思わずびくりと震えた。口を押さえても声が漏れる。またむずむずと、腰の奥に甘くて鈍い快感がたまっていく。
 左手で支えながらゆっくり、埋めるようにして性器を含んでいくと瀬那は、あいていた右手で自分のそこを握り、同じリズムで動かし始めた。
「ん、ん……ん」
「はぁ、せ、な…っ!」
 瀬那の髪に手を差し入れても、手に力が入らずどかすことができない。ただいたずらに、快感を伝えるように瀬那の髪をかき回すことになってしまう。
 じきに、瀬那の手元からぐちゅぐちゅという音が響き始めた。自分の性器を含み、口を上下させているのと同じリズムだ。くちゅ、ぐちゅ、と音が混じって鼓膜から脳の温度がいっきに上がる。
「んぅ、……んっ、ふ」
「はっ、はぁ…あ、む」
 瀬那がこんなに興奮している。手を動かしながら目を閉じて、夢中になって、舌で、口の中全部で感じ取ろうとしている。腰の奥にたまった快感が全身に広がっていく。ぴきぴきと音がするほどに張った性器の血管が、どくどくと動くのを感じる。
「ね、遼ちゃん、……はっ…きもちい?」
「……んっ、く!」
 いやだ、気持ちがいいなんてとても言えない。ぎゅっと目を閉じて首を横に振ると、むっとしたのか、瀬那が性器の先に軽く歯を立てた。
「イッ、―――! ……ん!」
 遼は思わず顔を逸らし、壁に頭をざりっとこすりつけた。顔を見られたくない、声も聞かせたくない。けれども、自分の意思とは反対に体だけが反応してしまっている。
「気持ちいいって、ふ、ぅ、絶対、言わせるからぁ……!」
「いわ、ね……! うっ!」
 遼の言葉に意地になったのか、瀬那の動きが速くなった。唾液と精液の混ざった、くちくちと粘り気のある水音が大きくなる。
 ざわざわと腰の中が鳴る。脳の底が熱くなって、バッシュと靴下を脱いだ足の指が、がりがりと床の板をたぐるように勝手に動く。限界が近い。そこが瀬那の口の中で膨らみ、張りつめる。
「せ、なぁっ…! また、出る、から…!」
「ん、んっ……!」
 口、離せ。そう言いかけた瞬間、瀬那が手を上下させながら先を強く、じゅっと音を立てて吸った。奥の奥から気持ちよさが引き出されて吸われていく。
「うぁ、……、や、……!」
「あっ……ん、ぅっ…!」
 遼がびくびくと身体を震わせて達するのと同時に、瀬那もぶるりと体を震わせ、そして力を抜きながら動きを止めた。
「は、あっ……ぁ、…うっ…」
「ん、んっ…」
 どくどくと脈打ちながら精液を放出させる遼のそこを、綺麗にするように舐めながらそっと口を離す。
「瀬那、はぁ……はっ…てめぇ……」
 瀬那がゆっくりとタオルを手に取り、口を押さえながら精液をそこに出した。タオルに口をつけたまま遼を見上げ、恥ずかしそうににこっと笑う。
「俺のと遼ちゃんの、混じっちゃった」
「……ふっざけん、な、ぁ…はぁっ……」
「気持ちよかった?」
 唇をタオルでぬぐうとゆっくり膝立ちになり、まだはぁはぁと肩で息をしている遼の頬にちゅ、と軽くキスをする。
「俺、すっごい気持ちよかった」
「瀬那まじお前……はっ…覚えてろよ……!」
「うん、忘れない」
 俺と遼ちゃんが初めてえっちなことした日だもん、と遼の耳元で囁くと瀬那は立ち上がり、何事も無かったように下着を脱いでバッグから出した新しい下着に履き替えた。
 ――この野郎、ほんと覚えてろ。
 自分でするのとされるのとで、こんなに違うものか。遼は、壁にもたれかかってぐったりとしながら、機嫌よく着替えをする瀬那をぼんやりと見つめ、目を閉じた。
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