①7話


 翌日から、部活は試合形式が中心となった。
 三対三、三対四。レギュラー対レギュラー以外。それから、15人のレギュラーをほぼ半分に分けて対戦することもあった。
 終盤まで手を緩めることは無い超攻撃型の速攻、逆に相手の勢いを止めるための慎重な守り。その場の状況に応じて、メンバーが変わっても即座に対応できるようにあらゆる事態を想定してシミュレーションをしていく。
 キュキュッ、とバッシュが床をこする音、ボールが床を叩く強い音、それからひっきりなしに出される声で体育館はいっぱいになっていた。
「走れ!」
「スクリーン弱い!」
 ピリピリと音を立てて空気が張りつめていく。
 遼がポイントガードとなった時と冬伍がなった時の違い、この差が西高の強みであり弱みでもある。今どのように攻めるべきなのか、それを考え自分たちでポジションを交代し、あるいは互いが欠けても戦えるように戦略を練る。
「結局は、ワガママな五人の集団だよな」
 帰りのバスで、遼は大あくびをしながら言った。
「とにかく点入れたいやつ、気持ちいいパスしたいやつ、ボールぶん取るのが楽しいやつ」
 何でもできる者はもちろん、ひとつの技術に特化してもバスケットでは重宝される。
「瀬那、お前はやっぱまだ気が弱いよな」
 ポジション上、外れたシュートをゴール下でぶつかりながら奪いに行くことは少ないが、そのような状況になった場合にどうしても一歩引いてしまう。
 恵まれた体格があるにも関わらず、人と当たることを恐れている。遠慮をしているわけではないのだが、人を押しのけることができない気の弱さが悪い意味で出てしまっていた。
「ま、場数だ。これからどんどん試合慣れしろ」
「うん」
 名門中学でだいぶ鍛えられたとはいえ、まだ高校に入学したばかりだ。むしろ、まだまだこれから。
 楽しみだな、と窓ガラスによりかかり、うとうとしかけている遼に瀬那が声をかけた。
「遼ちゃんは調子悪いの?」
「ん?」
 目線だけ動かして瀬那を見ると、瀬那は膝に置いたバッグに半分顔を埋めてこちらを見ていた。
「身体が重そう」
「そうか?」
「うん」
 んなこたねーよ、と言いながら遼は内心ぎくりとしていた。
 身体的に調子が悪いわけではない。自分でも分かっている。気持ちの問題だ。
 気持ちの弱さが体の動きに出てしまっている。これが試合となれば、切羽詰まった状況でいっきにつけこまれてしまう可能性がある。何とかしなければいけない。
「まぁ、今年の初戦前だからな。ちょっとばかし緊張してるだけだ」
 遼はコツンと窓ガラスに頭をぶつけると目を閉じた。
 もうあんな思いはしたくない。仲間たちの泣き顔は見たくない。あの時もっと、自分さえしっかりしていれば。
 遼は眉をぎゅっと寄せた。

 家に帰り夕飯を食べると遼は、ベッドに仰向けに寝転んだ。枕もとに置いたボールを手に取り、両手首のスナップをきかせて真っ直ぐ天井に向かい、投げては受け止めるを繰り返す。
 シュルル、シュル、シュル。
 頭の中が空になっていく。
 そこに流れ込んできたのは、今から三か月前、一月にあった試合の日の記憶だった。


 年末の全国大会・ウインターカップで三年生たちが引退をした武蔵野西高校は、一月の関東新人東京都予選の準決勝で敗れ、関東大会に進むことができなかった。
 結果、東京都八位。
 ウインターカップベスト4が、都大会シード出場即敗退。月間バスケットボールの二月号でも「古豪、王国崩壊か」と写真付きで取り上げられた。

 原因は遼の不調だった。

 自分に対してだけプレッシャーをかけていればよかったこれまでとは違い「古豪のキャプテン」「伝統・常勝」の看板を背負うことになった遼は、明らかに気負っていた。
 思うところにパスを回せない。相手の隙が読めない。もしここで失敗したらと、多少の無茶をしてでも攻め込むことができない。
 指示ミス、パスミス。細かいミスが積み重なって行く。
 自分らしさを失った遼の不調に引っ張られるように、無理をした冬伍も調子を崩し、そしてコート上のメンバーたちの気持ちがバラバラになっていった。
 気づけば、ほぼダブルスコアの完敗。試合終了のブザーが鳴り響いた時、遼は言葉もなくコートに立ち尽くしていた。
 部員たちも監督もコーチもOBも、誰も「お前のせいだ」と責めないのが逆に辛かった。
 キャプテンをやめろ、といっそ言ってほしかった。
 ロッカールームで泣き崩れるレギュラーたちを前に遼は、涙がこぼれそうになるのを必死にこらえた。

 キャプテンとしての責任感から遼は試合後、より自分を厳しく追い詰めるようになった。自分を見失ったオーバーワークで体に負担をかけ、心配をした冬伍と対立しかかったこともあった。
 あれから三か月。
 何とかして日曜の練習試合までに調子を取り戻さなければ。
 パシ、と手のひらにボールが戻り、遼は唇を引き結んだ。


 木曜、金曜、そして土曜日になった。
 昼から集まり、翌日の試合にそなえて総仕上げをする。疲れを残さないように短時間で切り上げて解散。
「明日は、試合開始は午後2時。先方さんは1時には来られるそうだ。12時集合、各自ウォームアップ。体調を整え、くれぐれも遅刻の無いように。解散!」
「はい! ありがとうございました!」
 解散を告げられたものの、そこは血気盛んな高校生。レギュラーの半分ほどはこのまま「どっかで軽くやってこうぜ」と公園のバスケットコートで3on3に興じる。
「遼もやってくか?」
「今日はいーわ、お前らほんと好きだな」
「部活と趣味は違うじゃん」
 軽い声でけらけらと笑いながらシュートの真似事をする冬伍に、遼は「適当に切り上げろよ」と笑いながら息をついた。
「橘」
 コーチだ。体育館の出口で呼び止められ、遼は振り向いた。
「ちょっといいか」
「はい」
「こっちに」
 コーチは、入り口そばで着替えをしている部員たちから離れるように、体育館奥へ向かった。
 コーチは西高のOB大学生だ。遼が一年生の時に三年だった先輩でもある。もちろんコーチと部員という立場上、言われることには絶対服従なのだが、それとは別に「三年生の先輩」という上下関係のすりこみがある。
 何を言われるのか。遼はごくりと唾を飲んで言葉を待った。
「明日なんだがな」
「はい」
「……もう大丈夫なのか」
 静かな声だった。遼は心臓を掴まれたような感覚に、ぐっと息を詰まらせた。
 見抜かれている。乾いたばかりの汗がまた、全身にじわりと出てくるのを感じる。
「大丈夫とは言い切れません」
「正直だな」
 強がっても仕方がない。遼は素直に答えた。
 気負うなと思えば思うほどに、体が重くなっていく。気を張っていなければふとした瞬間にほころびが出る。そのほつれを隠すためにまたどこかに無理をかけ、取り繕うために精神的な疲労が溜まっていくことになる。
「相当疲れてるだろう、汗の量が普通じゃない」
「はい」
 この二日、何度も脱水症状になりかけた。帰りのバスではぐっすり眠ってしまい、瀬那に抱えられるようにして家に帰っているらしい。気づくと部屋のベッドに横たわっている。
「練習試合とはいえ、相手は同格の鷹乃森だ。ここで勝って本番へ弾みをつけたい」
 考えていることは向こうも同じだ。シード校同士、本大会でもすぐに当たる予定になっている。お互いに手の内は完全に見せないまでも、どのくらいの仕上がりなのかは確認しておきたい。
「監督は、お前をスタメンに入れるかどうか正直悩んでいる」
 キャプテンがスタメンではないことは作戦上よくあることだ。しかし、攻撃型のガードである自分がスタメンではないことで、序盤から勢いがつけられず守り主導型になってしまう可能性が大きい。
 また冬伍に負担をかけてしまうことになるし、強く攻撃的に出られないことでメンバーがストレスを感じることにもなる。
しかし、練習でできないことは本番でもできない。
「分かっていると思うが――」
「お前はキャプテンだ」
「はい」
「お前なりに、キャプテンの資質とは何だと思う?」
 これはへたに怒られるよりもきつい。
 自分は頭が良い方ではない。どう答えればベストなのか。質問の意味を必死に考えてみても、なかなか答えが出ない。
「お前なりに」と言われた。自分が目指すものを答えればいいのか。それとも、一般論で言えばいいのか。はたまた、そういうことを聞かれているのではなく「お前は自分で、キャプテンとしてやれていると思うか」と叱られているのか。
 遼は、尊敬する去年、それから一昨年のキャプテンの姿を思い浮かべた。コーチである、目の前の先輩だ。
「桐山先輩」
 コーチが顔を上げた。
「俺の理想は桐山先輩です。冷静で物静かで、何も言わずに厳しくみんなを引っ張ってまとめ上げてました」
 入部した時にキャプテンだった桐山は、遼と同じポイントガードだった。真似できない冷静なプレイスタイルに、遼は憧れるばかりだった。
「俺は体格にもそれほど恵まれてませんし、特別頭もキレません。殴られる覚悟で言えば、どうして自分がキャプテンなのか分からないくらいです」
 プレイスタイルで言えば、同じ背中を見てきた冬伍のプレイスタイルの方が桐山コーチに似ている。
「だから、資質で言えば……」
 遼は少しうつむき、バッシュのつま先を見つめて言った。
「我慢と自己犠牲、でしょうか」
 我をとおせば部員たちとの間に溝が生まれる。自分の意見は前に出さず、皆の意見を聞いてまとめあげる。チームの中心となる存在、それがキャプテンなのではないか。
 しかし自分は、到底そんなものになれる気がしない。
 うつむいたまま拳を握った遼に目をやると、桐山は細いフレームの眼鏡の奥の瞳の色をふっとやわらげた。
「橘」
「はい」
 穏やかな声だ。
「いろいろな考え方があるだろうが、俺はそうじゃないと考えている」
 えっ、と遼は顔を上げた。
「ここだ」
 桐山は、トンと遼の心臓の上を拳で叩いた。
「ここが強いかどうかだ。性格や能力やプレイスタイルじゃない」
「桐山先輩」
「惑わされるな、振り回されるな。お前はもっとわがままになれ」
 桐山は、手に持ったファイルでポンと遼の頭を叩いて言った。
「俺は、多分お前が思っているよりずっとわがままだぞ」
 気を付けて帰れよ、と体育館を去る桐山に、遼は深く頭を下げた。


 遼がロッカーに戻ると、冬伍を始めジャージ帰宅組がちょうど支度を終えたところだった。
「桐山コーチ何だって?」
「別に。明日頑張れってさ」
「ふうん」
 4のロッカーを開けてジャージを取り出す。瀬那は自分のロッカーの前で、まだ慣れないネクタイに少し苦労しているようだ。
「んじゃな遼、また明日」
「冬伍」
 部室から出ていこうとする冬伍の袖をつかみ、遼が小声で名前を呼んだ。冬伍は眉を寄せると顔を寄せ、低く尋ねた。
「どうした」
「悪ぃ、多分俺、明日スタメンじゃねーわ」
 まだ立ち直っていない。まだ見えていない。このままの自分を試合開始からコートに立たせるほど、監督もコーチも無謀ではない。良くて流れを変えるためにワンポイントの投入がいいところだろう。みんなに迷惑をかけるわけにはいかない。
「分かった、早く戻ってこいよ」
「悪い」
 冬伍は何事も無かったようにひらひらと手を振り、部室を出て行った。
「どしたの遼ちゃん」
「何でもねえ、気にすんな」
 遼は「貸せ」と瀬那からネクタイを受け取り手早く結び始めた。
「コーチかっこいいよね」
「ああ、俺が一年ん時のキャプテンだ」
「何か秋葉先輩に似てる」
「そうだな」
 よしできた、と瀬那の胸をぽんと叩くと、自分もジャージを羽織り、荷物を取り出す。
「遼ちゃん、大丈夫?」
 まさか。遼はぎくりとした。瀬那は昔からカンがいい。特に、自分の様子の変化にはよく気づく。隠しているつもりでも「調子が悪そうだ」と言い当てられてしまったし、何かに気づかれているかもしれない。
「いつもどおりだ、どってことねえよ」
瀬那に心配をさせたくない。スタメンではないかもしれないなどと、ヘタに話せば動揺を与えかねない。明日、いつもどおりに学校へ来て、さも作戦であるようにしておけば何も疑問に思われないだろう。
「行こうぜ」
「遼ちゃん!」
 ドアノブに手をかけたところで、瀬那が遼を後ろから抱きしめた。再会した時の、締め上げるような抱きつき方ではない。レギュラー発表の日の、甘えたようなすがりつき方でもない。まるで身体全部、瀬那の体温に包まれているようだ。
 ――……瀬那?
「なんだよ、どした瀬那」
「遼ちゃん、俺がいるよ」
「ん?」
「俺がいるから大丈夫だよ」
 背後から遼の肩に顔を埋めて、瀬那が切なげに囁いた。
「は、言うじゃねえか」
 新戦力として、自分が入ったから活躍してみせる、任せてくれ、そういうことか。遼は「はっ」と笑うと背後から肩に埋められた瀬那の頭を、ぽんぽんと叩いた。
「頼りにしてるぜ」
「……遼ちゃん」
 瀬那は名残惜しそうに顔を遼の肩にこすりつけると、腕を放して笑った。
「明日楽しみだね」
「ああ、そうだな。おばさん観に来んだろ?」
「あのね遼ちゃん」
 瀬那が口を開きかけたが、これ以上明日の話をすれば何か気付かれてしまうかもしれない。遼は「帰るぞ」と早足で部室を後にした。

 明日の集合は体育館に12時。11時のバスに乗れば、着替えをする時間も含めて何事も無ければ間に合うはずだ。スタメンではないかもしれない、とは母と兄には言いづらいが「そういうこともある」とそうそう気にはしないだろう。
「じゃあな、明日11時な」
「うん」
 カチャカチャ、カチャン。瀬那が家の鍵を開ける。ぱぱっとリビング、それから二階の部屋の電気がつく。いつもどおりだ。
 ――おばさん、帰って来んのいつも遅いのな。
 遼はふうん、と玄関を開けた。
「ただいま」
「お帰り遼」
 帰りがいつもより早いせいか、母はまだ夕飯の準備を始めておらず、兄とソファに座ってテレビを見ていた。
「遼、明日試合何時?」
「2時」
「じゃあご飯は10時ね。それからバナナとゼリー持って行きなさい」
「うん」
 試合に合わせてちょうどいいコンディションになるような食事と栄養の取り方だ。
 今日も相当汗をかいた。昨日と一昨日のように瀬那に抱えられて帰って来る羽目にはならなかったが、やはり少し眠い。軽くシャワーを浴びて、夕飯まで少し寝よう。
 そう思った遼が階段を上がりかけたところで、母が声をかけた。
「ああ、明日瀬那くんの分もゼリーとバナナ買ってきたから持ってってあげなさいね」
「おー。母さん明日、瀬那のおばさんと来んだろ?」
「え?」
「ん?」
 母の返し方がおかしい。遼は、階段を上がりかけた足を下ろしてリビングに戻った。
「一緒じゃねえの?」
 母は、瀬那の母と全くタイプは違うが仲は良かったはずだ。練習試合とはいえ、瀬那が東京に戻ってきて初めての試合、初めてのレギュラー。体育館の観覧の仕方も含めて、世話好きの母が瀬那の母と一緒ではないのはおかしい。
「瀬那くんのお母さん、こっち戻って来てないわよ」
「え?」
「お父さんも遠征が多いし、今瀬那くん、ほとんど家に一人じゃない。まさか聞いてないの?」
「……聞いてねえ」
 あの、寂しがり屋で甘えたで、いつも自分にくっついて歩いていた瀬那が? 一人で東京に戻って来たのか?
「何で」
 思い返せば、思い当たる節はいくらでもあった。毎朝、鍵を閉めて家を出て来ていた。昼食はいつも学食。休みの日、インターホンを押しても出てきたのは寝起きの瀬那だけ。そして毎日鍵を開けて家に入り、電気をつける。キーパーさんにご飯作りを頼んでいるというのも、母が家にいないのであれば納得できる。
「詳しくは聞いてないけど、付属の高校にほとんど決まってたのに、二月になって急に瀬那くんがこっちに帰ってきたいって、お母さんと喧嘩したって」
「瀬那が? おばさんと喧嘩?」
 親の言うことには逆らわず、ニコニコと大人しくいうことを聞いていた瀬那が?
「遼?」
「聞いてねえ!」
 遼は靴を履くのもそこそこに、弾かれるように家を飛び出した。隣の家のインターホンを二度、三度押す。応えが無い。電気はついている。瀬那はいるはずだ。
「瀬那! 瀬那ぁ!」
 門を開け、ドアを直接叩いて瀬那の名を呼ぶ。
「せ……!」
「遼ちゃん?」
 ガチャリとドアが開いた。シャワーを浴びていたのか、濡れた髪をタオルで拭きながら、Tシャツと家着のハーフパンツ姿だ。
「どしたの」
 遼は瀬那の横をすり抜けるようにして玄関に入った。
 靴、無い。瀬那の履いている制服の革靴だけだ。
「上がるぞ」
「え、遼ちゃん?」
 がらんとした玄関には、現役時代の瀬那の父親のパネルが飾ってある。上がって右側、100インチのテレビがあるリビング。それから10人は呼んでパーティができるほどのやたら広いダイニングと、テレビの料理番組で見るようなキッチン。
 電気の消えたキッチンのカウンターとダイニングテーブルの上には、キーパーさんからと思われるメモがいくつも置かれていた。
『今日はきんぴらと肉巻き、サラダとスープは冷蔵庫です』
『制服のシャツはプレス済みです。洗濯物があればカゴに出しておいてくださいね』
『ベッドの枕、新しいものに変えました。寝心地が悪いようならメモに残してください』
 一枚一枚、手に取って確認する。これも、それも、瀬那の母の字ではない。
 四月中旬。気温は暖かいはずなのに、体温が無く冷たい室内。大きなテレビ画面から流れるCMの音が、遠い世界の出来事のようだ。
「瀬那」
 振り向かず、口を開く。
 どうして気づかなかった、どうして聞かなかった、聞いてやらなかった。瀬那が寂しそうな顔をした時、気遣ってやれなかった、何か言いかけたあの時も、どうして話を聞いてやらなかった。
 どうしておばさんと喧嘩したんだ、何でいきなり二月になって東京行きを決めたんだ、おばさんの反対を押し切ってまでか、そこまでして帰って来たい何かがあったっていうのか。
「……何があった」
「遼ちゃん」
「二月だってな、何があったんだ瀬那」
 まずはそこだ。今ある状況を問い詰めても話は進まない。何も理解できない。まず、何がきっかけで何があったのかを聞くべきだ。
「話せ、全部」
「……遼ちゃん」
 瀬那は、髪を拭いていたタオルを首にかけると端を握り、うつむいてゆっくりと口を開いた。

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